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日記

平成28年2月27日の日本昔話

囲碁のうでまえ:

昔山梨は勝沼の東漸院というお寺に大変囲碁の好きな和尚さんが住んでいた。
この和尚さん、お勤めのひまを見付けては、寺の裏の大きなかやの樹のある涼しい縁側で囲碁を楽しんでいた。
その相手はたいがい、これまた囲碁の好きな檀家のとらきちだった。
さて囲碁というものは、勝ったら勝ったでもう一番、負けたら真けたでもう一番もう一番、と後を引くものだそうで、
和尚さんもとらきちも囲碁が好きなことにかけては負けず劣らずだった。
2人はこうして朝早くから日が暮れカラスが山へ帰るまで、囲碁を打ち続けていた。
その日も和尚さんは大負けし、とらきちが帰った後も悔しくてたまらず、囲碁のことが頭から離れなかった。
一方とらきちも、明日も和尚さんに勝とうと、ひとり碁盤に向いながら策を練っていた。
パチリパチリと碁盤を打っていたとらきちは、自分の碁盤がだいぶ痛んでいることに気がつき「もっといい碁盤が欲しいな…」と考えた。
その時とらきちはいい考えが浮かんだ。翌朝とらきちはまた寺にやって来て和尚さんと碁を打っていた。
その日も和尚さんは分が悪く、「何でわしばっかり負けるんじゃ」といじけだした。
するととらきちは「和尚さん、囲碁はいい碁盤で打たないと腕は上がらないものです」と言い出した。
それを聞いた和尚さんがふと碁盤を見ると、だいぶ痛んでいるのに気がついた。そしてとらきちは「何といっても碁盤はかやの樹に限りますな。
この寺にはちょうど大かやの樹があるではないですか」と語り、夕方になると帰っていった。
それから和尚さんはとらきちの言葉が頭から離れなかった。「あの大かやを切って碁盤を作ればそりゃあいい碁盤ができるでしょうな。
そうしたらわしなんて相手にならないぐらい腕が上がるでしょう」というとらきちの言葉が忘れられず、大かやの回りをうろうろしてばかりだった。
しかしこの大かやの樹は先代の、そのまたずっと昔から決して切ってはならぬ。
もし切ったりすれば必ずたたりがある、と言い伝えられているものだった。
しかし和尚さんはとらきちの言葉が引っ掛かり、飯を食べていてもお膳が碁盤に見え、お経を上げていても碁盤のことばかり考えていた。
外へ出てみれば足はかやの樹の下に向かい、寝床に入ってもかやの樹が気になり眠れずにいた。そしてある夜、和尚さんはとうとうこらえ切れず、決心すると大かやを切ろうと斧をふるい始めた。
だがしかし、何せ大かやなものでなかなかはかどらなかった。
和尚さんがひと休みしていると、樹の裏からとらきちが現れ、自分も手伝いますと言った。
そしてわたしもひとつ碁盤を頂きますよと言った。和尚さんととらきちは立派な碁盤を想像しながら一生懸命斧をふるった。
するとその瞬間、突然空から強い稲光りが差し込んだ。
2人が驚いて逃げようとすると、2人の身体は宙に舞い上がり、やがてかやの樹ののてっぺんに持ち上がった。
そして見上げると、そこには大きな仏様が2人を見下ろしていた。2人は恐ろしくなって思わず頭を下げた。
そしてどのくらい経ったか、2人が気がついてみると、そこは大かやの下だった。そして2人は、さっきの落雷は碁に夢中になり過ぎた自分達をおとがめになったのだと気がついた。
2人はいい碁盤が欲しいばっかりに先祖代々のかやを切り倒そうとしたことを詫びた。
で、それから2人がすっかり懲りて碁を辞めたかというとそうでもなく、相変わらず縁側で碁盤を囲んでは碁を打っていたという。
しかしもう一番と後を引きそうになった時は、大かやの幹に入った切り傷を見てやめにしたそうだ。
今でも勝沼の東漸院の大かやには、この切り傷が残っているそうだ。
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